人生最大の勝負学校へと向かう道すがら。 杏子はいつもの幼馴染の姿を見つけ彼に駆け寄る。 「おはよう、遊戯」 ぽんと気軽に肩を叩く。 「あ、ああ。おはよう」 振り向いた幼馴染はいつもの優しい瞳ではなく鋭い光を宿らせた瞳を見せる。 「えっ。もう一人の遊戯?」 ゲームなど遊戯のピンチやみんなに請われた時にのみ現れる遊戯のもう一人の人格である。 最近アテムという名前を持つものだとわかったのだが。 普段、しかも学校に行く途中に彼が現れるなど今までありえなかった。 「どうしてあなたが」 「・・・・」 口篭もるもう一人の遊戯に杏子は悪いことを考えてしまう。 つまり幼馴染になにか起きたのではないかということだ。 「遊戯に何かあったのっ」 慌てて聞く杏子にもう一人の遊戯は目線をさまよわせる。 「いや、そうではないのだが」 彼らしくなくはっきりしない態度と台詞に杏子も首を傾げる。 「遊戯になにか危険なことが起きたわけではないのね?」 「ああ、それは心配しなくていい」 時々遊戯が寝坊してもう一人の遊戯がしぶしぶ学校まで身代わりなって遊戯の体を運ぶ事はあったが。 そうならすぐにそうだと言う筈である。 「じゃあ、何があったの?」 重ねて聞く杏子にもう一人の遊戯は口篭もりはっきり答えない。 「そ、それより杏子。あまりのんびりしていたら学校に遅刻するから。ほら。行こう」 「え、遊戯?」 手を取られて引っ張るようにもう一人の遊戯は先を急ぎ、杏子は軽く頬を染めながら、そのまま学校へ向かうことになる。 もちろん杏子以外にもいつもの仲間達も彼の登場に驚いていろいろ問うがもう一人の遊戯は答えれない。 はっきりせず口篭もるもう一人の遊戯に仲間達はすでにあきらめてしまった。 結局一日遊戯は姿を見せず、もう一人の遊戯がそのまま代役で授業を受ける事になった。 次の日も朝杏子と目があったのはもう一人の遊戯で。 それだけならいいのだが、杏子や彼の仲間達は、世間知らずなもう一人の遊戯のフォローに奔走することになる。 古典でとんちんかんな事をいうもう一人の遊戯に慌ててこっそり答えを教えたり。 普段目立たない体育の授業で目立ってしまって、周りへの言いわけに冷や汗をかいたり。 珍しく登校してきた海馬に見つかり教室の真ん中で、しかも授業中にデュエルを挑まれて大騒ぎになったクラスを苦労して鎮めたり。 そうやって日々を過ごし、気が付けば一週間を迎えてしまった。 仲間も杏子も、何度も、もうひとりの遊戯が一生懸命千年パズルに話し掛けているのを目撃する。 「たぶん、なにか喧嘩したんだろうなァ」 「たぶん、そうね」 ため息を全員でつく。 仲の良い二人が喧嘩をするなんて初めてではないだろうか。 しかも1週間以上続くなんて、根の深い喧嘩をしているのに、杏子を始め全員驚いている。 しかし、このままにはしていられない。 結局仲間に頼まれ、休日杏子は遊戯の家に向かった。 彼と幼馴染の杏子はすぐに遊戯の部屋に通された。 やはり迎えたのはもう一人の遊戯である。 「杏子」 「もう、いいかげんにしてよ、あなた達。何が原因なの?」 たぶん自分の心の部屋に閉じこもっているだろう遊戯にも、目の前にいるもう一人の遊戯にも聞こえるように大きな声ではっきりいう。 代表してかもう一人の遊戯が困ったような表情をして、いつものように口の中で何か言って結局口篭もる。 「なに?」 いつのも反応に杏子は強く聞く。 と、もう一人の遊戯がじっと杏子を見て、眼を逸らせた。 その態度に杏子は首を傾げる。 「?」 「杏子、御免。理由はいえない」 目を逸らせたまま言うもう一人の遊戯に杏子はため息をついた。 「まったく、遊戯はともかく、貴方まで何をしているのか」 さすがに仲間達や杏子に責められて、もう一人の遊戯も面白くないだろう。 初めて不満を露出させる。 「俺だって、今の状況は不本意なんだ。だけど、何度謝っても宥めても相棒は変わってくれないんだ」 心底困っていると、訴える。 事情を知っている双六はともかく、遊戯の両親をいつまでだませるか、もう一人の遊戯は気が気でない。 「出来れば俺だって、一秒でも早くこの状況を終わらせたいんだ」 そう訴えて肩を落とす。 「もう、どうしたものかしら」 もう一人の遊戯が途方にくれているのをみて杏子もため息をつく。 そのため息を聞いてもう一人の遊戯が顔を上げる。 「そうだっ。杏子。杏子も相棒を説得してくれっ」 「えええっ。どうやって」 いきなり話しを振られて杏子は驚く。 「今から心の扉を開くから。ちょっと始めは暗くて心細いと思うけど、大丈夫だから」 すぐに探し出すと自分の胸を叩いてもう一人の遊戯は笑う。 名案だとばかりにもう一人の遊戯の声が弾んでいる。 分けがわからずあっけにとらわれている杏子に、すっともう一人の遊戯の掌が持ち上がり、杏子の額に触れ、杏子が驚いて目を開いて見るとすでに金の瞳が目の前にあって。 すぐに何もわからなくなっていた。 ふと気が付くと闇の中で。 杏子は冷たい床に寝ていたことに気が付き、ゆっくりと起き上がる。 何も見えない。 気配的に何処かの部屋のような閉ざされた空間にいることはわかる。 心の中ということは、仲間達と開いた、あの閉ざされた空間と同じだろう。 ただ、すぐに迎えにくるといっていたもう一人の遊戯の言葉を思い出し、杏子は早くなっていた鼓動を押さえる為深呼吸する。 静かにじっと待っていると、あまり時間がたたないうちに。 「杏子?」 もうひとりの遊戯の声がして、杏子はその声の方向に返事を返す。 すぐに目の前が明るくなる。 部屋のたいまつが灯されたらしい。 杏子はぐるりと部屋を見回す。 前の迷路のような入り組んだ壁も、道も、階段もない広い部屋。 たいまつが道を示すように均等に灯され、少し先には椅子が見える。 テレビで見た玉座の間のような。 改めて杏子は彼が古代エジプトの王であったことを思い知らされる。 そしてこの部屋はその象徴なのだろう。 「杏子、こっち」 椅子とは反対の方へもう一人の遊戯は杏子を案内する。 たいまつの道が延びたその先に、一つの扉が見える。 たどり着けないくらい広い空間だと思っていた先にすぐに壁と扉が見つかり、杏子は面食らう。 「この部屋?」 「相棒の心の扉だ」 そういうと扉の前に立ち、相棒と声をかける。 「いいかげんに変わってくれ。別に邪魔はしないから」 特に扉の向こうからは反応がない。 「ずっとこんな感じなんだ」 いつも試しているだろうもう一人の遊戯が肩をすくめてため息をつく。 杏子や仲間達のようにお手上げだという態度に、どうやら根本的に悪いのは遊戯の方なのかもしれないと杏子は気が付く。 もう一人の遊戯はいわゆる犠牲者と言うところか。 杏子はあきれて次にだんだんと腹がたってきて、遊戯の心の扉をドンと叩く。 「杏子っ。これは心の象徴なんだから手荒にしないでっ」 驚いて、次に青ざめ、もう一人の遊戯が止めるが杏子は彼を振り切ってもう一度扉を叩く。 「遊戯!閉じこもってないでいいかげん出てきなさい」 そういえば昔、基本気が弱い遊戯と、気が強く何でも口に出してしまう杏子は、合わなくて、喧嘩していた。 幼い遊戯は部屋に閉じこもり幼稚園や学校を休むことが良くあった。 それに今の状況は似ている気がした。 そしてそんな遊戯を迎えに行って部屋から出すのは杏子のいつもの行動だったのだ。 懐かしく思っていると。 「杏子?!」 扉の中から遊戯の声が聞こえる。 すぐに反応があって杏子はため息をついた。 これまた昔からのいつもの反応である。 喧嘩をしても杏子が迎えに行けば、膨れながらもすぐに出てきてくれる。 さすがに今までのようにはいかないが、反応があったことでもう一人の遊戯もほっと息をついている。 「な、なんで杏子がここにいるのさっ」 自分の心の中である。その目の前に杏子がいるので遊戯は動揺したようだ。 「遊戯。いいかげんにすねてないで出てらっしゃい。もう一人の遊戯だって困っているじゃない」 もう一人の遊戯がうんうん、と一生懸命頷いている。 「貴方何が原因で閉じこもったの?」 「あ、杏子には関係ないよ!」 もう一人の遊戯がとたんに目をそらし、遊戯もそう突っぱねる。 「関係ないに決まっているわよ。でもね、貴方1週間以上こんな状態でなにか状況が変わると思っているの?」 「一週間?もうそんなに経っているの?」 どうやらこの世界は時間の感覚がずれるらしい。さすがに慌てた遊戯の声に杏子は再びため息をつく。 「そうよ。一週間よ。今貴方がすることはすぐにここから出てきて、自分の力で今ある問題を解決することでしょう」 高校に入って、今の仲間達ができてからはおきてなかった悪い癖。 それは、大切な仲間達とともにどんな困難も克服する強さを持ったから。 昔、全てのものが傷つくのを恐れて立ち向かわなかった遊戯をいつも叱咤激励していたのは杏子である。 「・・・・」 扉のすぐ向こうで遊戯の気配がする。 「私も協力してあげるし、城之内達だって今はいるじゃない。それに最近の遊戯って強くなったって思っているよ。頑張ろう」 もう一人の遊戯が杏子には無理かもとぼそりと呟き顔を覆ったがそれには突っ込む余裕もなく杏子は声をかける。 「遊戯でてらっしゃいったら!」 三度扉を叩くと観念したのか、扉がゆっくりと開いた。 ふてくされた顔も昔と一緒であきれる反面、おかしくて内心苦笑してしまう。 「ごめん杏子。迷惑かけたみたい。久しぶりに」 遊戯も良くあった記憶とダブったのか居心地が悪そうな顔をしている。 杏子はいつものように手を腰にあてて頷く。 「じゃあ、もう一人の遊戯と変わって現実世界に出てくるわね?」 「う、うん」 もう一人の遊戯はあきらかにほっとして次に頷く。 「さすがは杏子だなぁ。幼なじみの力というのはすごいものだ」 しきりに感心している。 「どうせ僕はいつも言い負かされているよ。今までも今回もね。いつも弱いままだ」 「相棒・・」 ふて腐れたまま自虐的につぶやく遊戯にもう一人の遊戯の目の色が変わりおろおろしだす。 「だけど、このままじゃあいられないよね!」 「遊戯?」 声を張り上げた幼なじみに杏子は首を傾げる。 「もう一人の僕、勝負して!僕が勝ったら・・・」 話を振られてもう一人の遊戯は目を瞬かせた。 そして最後の言葉を紡ぐ事なくつまらせた遊戯に笑ってみせる。 さらに二人の視線が一瞬自分に向けられ、杏子は再び首を傾げた。 「ああ、そうだな。受けて立つぜ相棒」 だけど、と再び笑う。 「まだその時じゃないみたいだな?それに、布団も気持ち良いけど、やっぱりこの部屋で休む方が落ち着く」 最近寝不足だったんだ実は、といいつつふわーーとあくびをしている。 「ということで、またな。相棒、杏子」 「もう一人の僕ーーーっ」 全く分からないまま別れの挨拶をされて答える間もなく杏子の意識は再び途絶えたのだった。 「杏子?」 声を掛けられ杏子は瞳を開く。 次に見えたのは幼なじみの部屋と幼なじみの優しい瞳。 「大丈夫?」 手を差し出され杏子は彼に助けられ起き上がる。 別に目が回るとか、気分が優れないとかはなさそうだ。 「うん、大丈夫よ」 「ごめん。迷惑かけたみたい」 しゅんとして遊戯は謝る。 杏子はため息をつき再び手を腰に当てる。 「そうよ。たいした迷惑だわ。慣れているけど。明日城之内達にも謝りなさいよ!」 「う、うん」 なんとも情けなくて遊戯は眉をハの字にしている。 「で結局原因はなんだったの?」 それなりの騒ぎを起こした喧嘩の原因を杏子は何気なく聞いたら、遊戯は固まる。 「喧嘩にもならないよ。みんな僕が勝手に怒ってすねていたんだから」 「は、はぁ?」 杏子は素っ頓狂な声を上げる。喧嘩でなかったと。 「だって、もう一人の僕って、カッコ良いし、ゲームも強いし。実は頭も良いでしょ。良いところばかりで僕が側にいて空しくなるじゃない」 杏子はこめかみを人さし指でぐりぐりした。 あきれたのだ。 「分かっているよ、逆恨みみたいなものだって」 遊戯は杏子を見上げる。 「だから僕がもう一人の僕に勝てたら杏子も少しは僕の事を」 じっと見上げて来る遊戯に不覚にも杏子はドキドキしてしまった。 見つめてもらえる? そう続くはずの言葉が続かなかった。遊戯の腹の虫が鳴いたので。 「・・・・・・」 杏子は黙ったままで、遊戯はがっくりと崩れ落ちた。 ちょうど何も知らないであろう母がドアの向こうからノックをしながら声をかける。 「遊戯。そろそろご飯よ。杏子ちゃんもよければ食べていってね」 みれば外は夕暮れ時になっている。杏子がここに来たのは昼過ぎだったのだが。 空腹を訴えても仕方ない時間なのである。 緊張感がぶっとんで安心した杏子はくすくすと笑ってしまう。 うなだれていた遊戯もはじめは情けない顔をしていたが釣られて苦笑してしまった。 「とりあえず、ご飯にしよう」 「それがいいみたいね。私も良いのかなぁ」 「もちろんだよ!」 遊戯と杏子が並んで部屋を出ていった。 それを見守っていたもう一人の遊戯が気がつかれないように様子を見ていた事は二人はもちろん知らず。 「勝負に勝ったら片思いの相手に告白をするということか。俺も心して戦いに望まないとな」 急に怒られ無視され振り回されて大変な思いをしたがそれも許せそうな二人の雰囲気にもう一人の遊戯は笑うと姿を消した。 その後、一人の運命を決める勝負があった。 杏子は屋上で風に髪を撫でられながらため息をつく。 もう一人の遊戯が儀式の間より自分の世界に帰っていってから半年が過ぎた。 彼と別れてしまった悲しみからやっとすこしではあるが抜けつつある。 もう会えないと思って胸を痛めた日々は薄れ、いない生活を受け入れて来たのだ。 しかし、困った事がある。 もう一人の自分と戦い勝ったとこで大きく成長した遊戯が、もちろんもう一人の遊戯と別れた悲しみに沈んでいた時期もあったが、それを克服すると、杏子をまっすぐみるようになったのだ。 何か変わった雰囲気を察したのか、仲間達もあまり固まってバカをすることも少なくなり。 杏子は遊戯と二人っきりになるのが恐くて、その状況になるのを避けまくっているのである。 「ううん、困ったなぁ」 古エジプトの世界に飛んで、そこで闇バクラと戦い、一人勝った遊戯を見た時から、変わってきたと思っていたのだ。 蛹から蝶に変わるように、ゆっくりと。 「何が困ったの?」 聞き慣れた声に杏子は文字どおり飛び上がる。 「ゆゆゆゆゆうぎ?!」 「うん」 遊戯はいつもの優しい笑顔で頷く。 「こんなところで何を悩んでいるの?」 「う、それは」 「僕の事だったらうれしいんだけどな」 「はっ、違うわよ」 はっきりきっぱり不自然なくらい否定した杏子に遊戯は苦笑してみせた。 「僕は毎日杏子のことばかり考えて悩んでいるのになぁ」 そう、この調子なのである。 さらりと会話の中で杏子を口説いて来る。 いつもみたいに、穏やかにさらりといわれるものだから杏子の心臓は持たない。 「うー。そういう恥ずかしいことをいわないで」 恨めしげに遊戯をみると柵に持たれて遊戯は楽しそうに見上げている。 それはまるでもう一人の遊戯を思わせる。 「残念。まあ今日はココまで」 顔を上げた遊戯が先ほどとは違う笑顔をみせる。 「ママが今日も杏子に夕食を食べに来てほしいなって。予定ある?」 「んん?今のところないかなぁ」 遊戯はとたんに笑顔を深める。 「じゃあ、おいでよ。みんな歓迎だよ〜」 あの閉じこもり事件から気が付いたら遊戯の家で食事を一緒にする機会が増えてしまったのだ。 「え、だって最近よく食べにいっているし、遊戯の家族に申し訳ないじゃない」 「ママも杏子が来た方が嬉しいって。ね?食事を余らせてももったいなし」 「う、うんじゃあ、いこうかな」 遊戯が満面の笑みを浮かべる。 「そうと決まったら急ごう!」 遊戯は杏子の手を取ると引っ張って歩き出し、杏子は釣られて歩く事になる。 「今日はハンバーグなんだ」 楽しみと話ながら歩く遊戯に杏子はとりあえず彼からの気持ちの矛先がそれたことに内心ほっと息をつく。 遊戯に合わせ他愛のないことを話ながら武藤家へ向かう。 そんな杏子を見ながら遊戯は内心微笑む。 家族ぐるみで杏子を取り込もうという計画である。遊戯の家族もまだ無自覚だが。 言葉でも、そして外堀からも埋めていくようにも責めていく遊戯である。 この勝負は特に負けられない。 人生最大の勝負だから。 遊戯はつないだ手を少し力を込める。 「!・・・・」 気が付いた杏子は戸惑う。 目線を彷徨わせ、軽く頬を染める。 ああ、負けそうだ。 成績でも、身長も、力でも、何でも勝って来た杏子だったが。 これからは分からないかもしれないと思わせた。 とりあえず何もいわず同じ力で遊戯の手を握り返す。 遊戯はまばたきした。 そして二人照れたように顔を見合わせ。 再び歩き出した。 end 遊杏話ですよ。 表ちゃんの誕生月ですから。 6月に間に合わせたかったけど急いだからいつもに増して支離滅裂に違いない。 6月のイベントに向けて修羅場中に思い付いた話です。 遊戯頑張ってますよ。 災難は闇様。 でも闇様も遊戯と杏子には上手くいってほしいのでいつもあの世でも?見守ってくれていますよ。きっと。 遊戯に戻る |