御主人様のお気に召すまま

嬉し楽しい週末、モクバは機嫌もよく我が家へと向かう。
それは想い人が、今日家にやってくるからだ。
バトルシティで出会って、それからずっと惹かれていた。
しかし、純粋な相手は恋には鈍感で。
努力の甲斐もあって、最近やっと仲良くなってきた。
週末、今日は初めて、お泊まりの予定なのだ。
KCの副社長というハードスケジュールな立場のはずのモクバだが、最低限の仕事を終えると、客を迎えるためにさっさと帰宅の途に着いた訳だ。
リムジンは主人の思いに答えるべき早さで海馬邸の門まで辿り着く。
静かに開く門を潜り、リムジンは玄関に止まる。
モクバが降り立つと使用人達が出迎えた。
「お帰りなさいませ」
折り目正しくぴっちり挨拶する使用人達にモクバはうん。と答える。
「ただい。」
その目線を横にずらし、モクバはぎょっとする。
「お帰りなさいませ」
にこにこと笑う静香にモクバは仰天する。
約束より早くに海馬邸にいた静香にも驚いたが、なによりそのいでたちである。
邸のメイド達が身につけている服を着ているからだ。
なにげに髪飾りがついていたり、エプロンやスカートにレースのいひらひらがオプションでついていたりするのがまたモクバの動揺を誘う。
ずるり、とモクバの上着が肩からずり落ちた。
「し、静香?」
まじまじみるモクバに、静香は悪びれずにっこり笑ってくるりと一周回ってみせる。
「似合わないかなぁ」
「いや、似合うけど、いやそうじゃなくて」
モクバはキッと使用人達を見る。
鉾先は当然、使用人達に向かう訳で。
「客になんて格好を!」
使用人達は首を竦めている。
「申し訳ありません。ですが」
首をかしげていた静香が使用人達に助け舟を出す。
「怒らないで、モクバ君。私が言い出したことなんだから。ね?」
首をかしげたまま覗き込まれ、モクバは黙り込むしかない。
静香はにこにこ笑うと、手を屋敷の方へと向ける。
「お疲れ様です。お茶の準備が整っております。さあ、中へどうぞ」
モクバはただただ、深いため息をついた。
キテレツな兄を持っているため、兄に驚されることはたびたびあっても。
彼以外にモクバを驚かせる人がいるとはもはや思わない。
静香の何をも思わない態度にただびっくりして脱力してしまっていた。


広い邸内、天気の良い今日は爽やかな風が吹き、木々を優しくなびかせ、遠くで小鳥達のさえずりが聞こえる。
海馬邸の玄関のちょうど真上に、程よい広さのテラスがある。
そこにテーブルを設置して、午前のお茶を楽しむ。
静香の希望に使用人達が準備したのか、過ごしやすいようにいろいろ整えられていた。
昨日まではなにもない空間だったのだが。
モクバは楽しさ半分、呆れ半分でしばらく周りを見遣っていたが、静香に目線を向ける。
静香は楽しそうに紅茶を入れている。
菓子や、紅茶に詳しい静香であるから、紅茶を入れる手付きにまったく戸惑いはない。
すぐにモクバの前にいい芳香をまとったカップが差し出される。
「はいどうぞ。他にご用はありませんか?なんて」
モクバの心中に、最近はやりの18禁ゲームのいわゆるそういう映像が駆け抜けたが、それを打ち消し、モクバは頭を抱えながら静香に言う。
「取り合えず座って」
静香は首をかしげつつも、控えていたメイド達に進められ、モクバの真向かいに座った。
まさか、モクバが如何わしいとこを考えたとは思いもよらないだろう。
外見に似合わず、副社長を勤めるモクバにはいろんな知識や必要と思われない情報も入って来る訳で。
モクバは邪念を払い除け、ため息をついて静香を見る。
「静香。何もメイドの格好なんかしなくても。それに君は客なんだから何もしなくていいんだぜぃ」
「え、うん。それは分かっているけど、いつもいろいろお世話になりっぱなしだから申し訳なくて。何かしたかったのよ。迷惑だったかなぁ」
「いや、迷惑と言う訳ではないけど」
静香はメイドが差し出した紅茶にお礼を言い、カップを口に運ぶと美味しいとニコニコする。
メイドも静香の反応に嬉しそうに控えめではあるが、笑顔を返した。
「それにココの人たちは皆良い人たちばかりで楽しいし、私も仲間に入りたかったの。お客でなくてね」
「それは違うぜ」
モクバは思わず乗り出してしまい話題にでた使用人達は顔を見合わせている。
「この家を変えてくれたのは静香なんだぜぃ」
海馬剛三郎を失落させた後、この家は本当に無機質だった。
海馬邸に愛着があるのか使用人達は剛三郎在命のときから変わっていない。
もともと教育が行き届いており、また主人からの抑圧もあったのか、主人に刃向かうこともなく従順にただもくもくと働く彼等。
兄はKC建て直しで走り回り、この家に戻ることはなく、モクバも辛い思い出が多いので、いっその事出ていってしまおうかと思っていたくらいだ。
一応法律的には保護者の元にいるべき年令のモクバなので実行にはいたらなかったが、冷たく、無機質な家だったのだ。
それが、静香や兄の城之内が足を運ぶようになって、家の雰囲気が徐々に変わり、あたたかな空気をもかもし出してきた。
モクバも使用人達の小さくはあるが、心配りや主人達に対する気持ちに気がつかされた。
いつか、ここが帰る場所に変わってきていたのだ。
「だからずっと感謝しているし、お礼をするとすればオレ達の方だ」
使用人達をモクバは見る。
「別にメイドにならなくても、オレ達はいつでも静香を歓迎するぜい」
な?と同意を求めると使用人達も静かに、しかし笑って頷く。
「そりゃ、いずれ家族になってくれれば嬉しいけど」
ぼそぼそとモクバは軽く頬を赤らめていう。
その横でメイド達が心で頑張れモクバ様と声援を送っていたが、静香はきょとんとしている。
静香の空振りな反応にモクバもメイド達も心の中でため息をつく。
その間に、静香は嬉しい評価をもらって、もじもじとカップの把手を握ったり離したりする。 静香はただ照れるしかない。
まさかそのように言ってもらえるとは思わなかったからだ。
「そ、そうなの。だったら嬉しいけど」
紅茶を飲みながら静香はふと物足りなさそうな残念そうな顔をする。
「でも何かしたかったなぁ」
そんなにメイドの仕事は楽しく見えるのかとモクバはため息をつく。
ふと思い付いてモクバは主人らしく得意そうに言う。
「そこまで言うなら用件を言うぜい」
静香が顔をあげてモクバを見る。そこには期待が。
モクバは立ち上がると静香の手を取る。
「え?」
きょとんとする静香の顔を見て、モクバは笑うと静香の手の甲に口付けて見せた。
「今日はずっとオレの側にいること。ね」
静香はまだきょとんとしていたが、モクバと目があうと微笑んだ。
「はい。仰せのままに」
その笑顔に微笑み返しながらモクバは軽く息をつくのだった。
しかし、とモクバは思う。
モクバとしてはトキメキのシーンに持っていきたかったのだが、どうもほのぼのになってる。
これではいつもと変わらない。
兄ならこんなシーンでは女性をめろめろにしているかもしれない。いや、相手が男性でもだが。
モクバがとっていた静香の手はすでに抜かれ、ケーキを焼いたの。食べてみてね。とケーキの箱をのせられた。
すばらしい身替わりの術である。
あ、うん。ありがとうと答えつつモクバは軽く頭を抱える。
修行不足だぜい。
モクバは目線を遠くしてみせた。
修行の成果がでるのはまだ先?
そして超蛇足
「そういえば城之内は?」
ケーキを美味しそうに頬張っていたモクバがふと気がつき静香に聞き返す。
モクバと静香の中が進展しないようにいつも付いてくる城之内の姿が今日は見当たらない。
「ああ、お兄ちゃんなら」
静香は笑っていう。
「海馬さんに連れていかれちゃったよ」
「あ、納得」

end




オンリーにて作成したモク静駄漫画の小説版です。
なんだか漫画だと表現しにくいところがあって、文章だとさらっとかけるのが良いですよね。
不完全燃焼だったので駄文をこちらでアップ。
いや、これで完全燃焼かと言う突っ込みはなしで。
兄ズのおちもどこかにあり?妙に広い空間に〜。いやたいしたことないですが。
この話の対を別館にアップしています。海城視点で。よろしければ。
さらに蛇足でモクバは翌朝やはりメイド姿の静香に起こしに来られて、髪をといてもらうのです〜。
今までの駄文より仲良いモク静でした〜〜。

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