夏の逃避行

「花火でも見に行こうか」
遊戯たちは夏休み、都合をあわせて仲間達で会い、映画をみて帰り、マクドナルドの一角に陣取り話をしていた。
「花火とはなんだ?」
もう一人の遊戯が、遊戯の傍で首を傾げる。
「そっか、もう一人の僕みたことないんだ」
花火の説明を遊戯がするがイメージが湧かないのかもう一人の遊戯は首を傾げる。
「おお、もう一人の遊戯も興味あるみたいだなぁ。じゃあ皆で行くか?」
「賛成」
一同全員が声をそろえた。
そこで遊戯の主導権がもう一人の遊戯に切り変わる。
「花火か、楽しみだな」
あまりにわくわくしているので周りのものは、ほほえましくなる。
「えっといつだっけ」
ちょうど張り出されたポスターを見て仲間達は盛り上がる。
「あれ、この日って」
目ざとい御伽はすぐ気が付いた。
「杏子ちゃんの誕生日だね」
「あ、うん、そうね」
さすがに誕生日で浮き立つ年頃ではなくなった杏子が淡々と答える。
じゃあ、お祝いもして盛り上がろうと一同騒がしく話合い、杏子はあきれた。
自分の誕生日を魚に騒ごうという魂胆が見えたからだ。
だが、仲間の誕生日を喜んでくれる気持ちは嬉しくて、微笑む。
待ち合わせ時間などを決めて、一同は今日は解散することとなった。
遊戯を除く城之内やほかの仲間達がすばやく目線を交わしたことには杏子は気がつかなかった。

そして花火大会の日である。
「わりい、急なバイトの交替で行けなくなった。遊戯によろしく言っておいて」
城之内の断りの電話を筆頭に杏子は本田、御伽からキャンセルの連絡が入る。
「もういきなり何よ」
杏子はひそかに憤ったが、一人では仕方なく待ち合わせ場所に向かう。
時間より早めに行くとまめな遊戯がもう待っていた。
「遊戯」
「ああ」
どうやらもう一人の遊戯が表に出ているようである。
花火がどのようなものなのか楽しみにしているらしく軽く浮かれている。
「杏子は着物で来たのか。似合っているよ」
遊戯が目を細めていう。
どうやら遊戯が着物ではなく浴衣であると知識を訂正しているようで、へえ、ともう一人の遊戯は何度か相槌を打っている。
「ありがとう、遊戯。ちょっと頑張って着てみた」
杏子はくるりと回って見せる。
せっかくの夏祭りだ。ちょっと奮発して、おめかししてみてもいいだろう。
自分以外は男どもなのだし。
「そういえば、獏良は今日は来れないと連絡があったぞ。ドタキャンで済まないと」
「ええっ?」
杏子は思わず声をあげる。
「実は城之内と、本田と御伽君からもこれないって連絡が」
遊戯は目を丸くする。
「じゃあ、俺達だけなのか?」
「そうみたい」
二人はしばらく立ちすくんでいた。
「仕方ない、二人でもいいだろう?」
計画を変える気にもならず、二人は会場に向かうことにした。
杏子は遊戯と連れ立って歩きながら、もしかしてと思い立つ。
自分の為にお膳立てをしてくれたのかもしれないと。
ましては今日は杏子の誕生日なのだから。
だとしたらとても嬉しい誕生日プレゼントである。
ちょっとわざとらしい気がしたが遊戯は気がついてないようだ。
杏子は心の中で仲間達にお礼をいう。
「杏子?」
少し歩くペースの遅れた杏子をもう一人の遊戯が少し前で止まって声をかける。
ちょっと草履が走りにくかったが杏子は駆け足で追いついた。
「ちょっと急ぎすぎたかな」
遊戯がぽつりと呟く。
杏子は遊戯の言葉は聞き取れなかったが、歩くペースを少し落としてくれたことに気が付いて嬉しくなる。
こういう優しいところも好きなのだ。
会場の付近に色々屋台がでており、それを冷やかしながらあるく。
何気ない会話が嬉しい。
もう一人の遊戯は見るもの全てが新鮮らしく、きょろきょろとしている。
金魚すくいをしている人たちを見て遊戯が立ち止まる。
「なるほど、その網で掬うのか。む、タイミングが悪いとすぐに破れてしまうのだな?」
目の前で少年が何度か挑戦したが一匹も金魚を掬えず網を破いてしまい、あーと嘆いているのを見て頷いている。
杏子が金魚が珍しく、可愛いので楽しそうに見ていたのを、遊戯は目にとめる。
一つ頷き、店員にお金を渡す。
「え、遊戯するの?」
「ああ」
息を吐き、そっと金魚を掬っていく。
勝負が強いのは分かっていたが、こういう器用さもあるのかと杏子は感心して、次々と掬っていく遊戯に軽く歓声を上げる。
先ほどの少年も感心して見ている。
「にいちゃん、悪いが一回20匹までだよ」
あまりに何匹でもとっていく遊戯に、店員がとうとう制限をした。
まあ、確かに200円くらいで何十匹でもとられてしまえば元がとれない。
遊戯と杏子は肩をすくめる。
ふと気が付くと回りが何人か囲んでいて感心しており、杏子は注目を浴びていることに驚く。
遊戯は相変わらずマイペースだが。
と、周りが別のことでざわざわし出す。
次いで聞き慣れた高笑いが聞こえてきて、杏子は思わず頭を抱えた。
「わははは!良い気になるなよ遊戯。俺ならもっと早くこの水槽の金魚を全部とって見せよう。さあ勝負だ」
負けず嫌いな海馬はいろんなことで勝負を持ち込んでいたが、今度は金魚すくいでする気らしい。
勝負の事になると黙っておけない遊戯が反応する前に別の声がする。
「バカやろう、金魚すくいとなればこの城之内様にかなう奴がいるわけないだろう」
遊戯と杏子を背後にかばうように城之内が出て来る。
それに追い付くように、他の仲間達もばらばら集まって来た。
「‥‥‥‥」
多分間違いなく彼等は杏子達の様子を遠くから出歯亀していたのだろう。
杏子は再び頭を抱える。
「ふん、お前なんぞ、俺の敵ではないわ」
「なんだよ。そういって逃げるのか?俺に勝つ自信がないわけだ」
「なにいぃ」
言い合う二人を見守る遊戯と杏子。
遊戯は仲間達が追い付いてきたのだと喜んでいたが、杏子は城之内達がココは任せて先にいけ、と合図をしていることに気が付き、心で感謝しながら、遊戯の手を引っ張ってそろそろと離れる。
遊戯は城之内達を気にしながらも、あまり陰険でない雰囲気に安心して、その場を離れることにしたらしい。
少し離れて二人ため息をつく。
「なんだが、貴方の周りはいつもにぎやかよね。まあそれがまた楽しいんだけど」
「そうだな」
遊戯はくすくすと笑う。
杏子ははっと時計を見ると遊戯をせかす。
「やだっ、寄り道しすぎちゃった。もうすぐ始まるわよ。もうちょっと先にいきましょう」
花火打ち上げの時間が迫っているらしく、会場には人がたくさん集まって来ている。
見えやすい位置を確保して、花火があがる時間を待つ。
しばらくすると人々の歓声と共に花火があがる。
「なるほど。あれが花火か、すごいな」
遊戯は軽く目を見開き、感心して見ている。
そんなまっすぐ花火を見つめる遊戯の横顔を見ながら杏子は微笑んだ。
緊迫した勝負ではなく、穏やかなこの時間に側にいる幸せを感じて。
端正な横顔がずっと遠くを見ているのを半分見とれていた杏子は、ふと遊戯がこちらをみてどきっとなる。
「そうだ、杏子」
「な。なに?」
すっと遊戯が杏子の前に金魚が一匹はいった袋を差し出す。その金魚は色が可愛くて杏子が無意識的に目で追っていた金魚だったのだ。
どうやら遊戯はそれに気が付いていたらしい。
さらにその袋にさらに可愛い小さな袋が掛けてある。
「誕生日おめでとう。相棒と一緒に選んだんだ。気に入ってもらえると嬉しいが」
「私に?」
「ああ」
杏子は驚きの表情から、喜びの表情へと変えてプレゼントを受け取る。
アクア色のビーズをあしらったブレスレットだった。
この時期にふさわしい。
誕生日の事を覚えていてくれて、二人で準備していてくれたのが嬉しい。
「ありがとう。可愛い。大切にするね」
杏子が笑顔でいうと遊戯も良かったと笑顔を返す。
そうやって穏やかな雰囲気の中二人は再び花火を見上げる。
今日の花火と誕生日のことはずっと忘れないと杏子は思うのだった。
帰り道。
杏子は屋台が並ぶ通りに戻り、脱力する。
まだ城之内と海馬が勝負していたからだ。
珍しく負けず、同点を守っているらしい城之内に杏子は感心する。
見守っていた本田達が杏子に気が付き、よ、と手を挙げる。
金魚すくい、水風船すくい、射的、輪投げと勝負は進んでいるらしい。
そして城之内はこういう所にバイトがてら遊んでいてなかなかの強さらしい。
勝負が決まらず、結局遊戯があきれながらも、二人の方によっていく。
結局いつものように遊戯が海馬を撃退するのだろう。
いつものように仲間達が集まって騒いで終わりである。
杏子はため息をつきかけふと気がつく。
少なくとも、この金魚と手にはめているブレスレットが杏子に渡るまでの時間はいつもと違うのだと。
短い、本当に短い恋の逃避行。
遊戯が楽しそうに海馬と勝負を始めるのをみて、杏子は仕方ないなぁと今度はしっかりため息をついたのだった。

end




杏子誕生日話です。
メインカプの一人なので頑張って書いたけど慌てているのできっと無理のある文章に違いないです。
そっと笑って見逃してやってください。
ハッピーバースディ杏子。
この子の視点で思うと闇様の最後はもうちょっと別の終わり方であって欲しかった気がします。
甘いのかしらねぇ。


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