君の香り、君の色

城之内、川井兄妹は途方に暮れ、目の前の建物を見上げる。
いや、正確には建物ではなく、門なのだが。
凡人の自覚のある兄妹はその門を見ただけで尻込みしてしまったのだ。
余りに立派な佇まいに城之内など嫌味に手を叩きたくなった。
さてどうしよう、と兄妹が顔を見合わせた時、インターフォンから声が響き、二人はびくっとしてしまう。
「城之内様、川井様ですか?」
「え、は、はい」
びくりとして身を佇ませ城之内が返事する。
「お待ちしておりました。開けますので、お入りになりそのまま真直ぐお進みください」
固まっている兄妹の前の扉が静かに開く。
大きい門は車専用で、今開いた扉が来客専用なのだろう。
もう一度兄妹は顔を見合わせ、頷くと扉を潜る。
相変わらず嫌味なくらい広いな!とぼやきつつ歩く城之内の後をついて歩く静香。
進む先々にいろんな花や木々が見えて、静香の目を楽しませる。
この庭が丁寧に、いつも手入れが行き届き、愛されている事が伺える。
それは、この家の主人達がここの花や木々を見て和んでもらえるようにと、庭師達の主人達への思いを反映されているとも思え、静香は微笑む。
たっぷり20分は歩いた頃、海馬邸が見えて来て。
「待っていたぜぃ!」
広い玄関で笑顔で手を振るモクバとそれを囲むように立ち、ぴしゃりと合った礼をして迎える使用人達に迎えられ兄妹は再び尻込みしたのだった。

以前、静香が海馬ランドに招待してもらったお礼に菓子作りが得意な静香は、モクバにお裾分けできればと話した事があったのだが。
今日このような形で実現するとは思わなかったのだ。
バレンタインも近いので、と手作りチョコレートを持って来たのだが、この豪華な部屋や、テーブル、用意されたティーセットに比べるとかなり見劣りしそうで静香は恥ずかしくなる。
モクバは気がつかず、チョコレートを前にうきうきしていた。
「早速いただこうぜぃ」
「あ、はい。どうぞ」
静香が答えモクバは嬉しそうにチョコを食べる。
その仕種も上品で見ていて静香は感心する。
「ん?どうしたの?」
「味、モクバ君にあうかなって。だってもっと美味しいもの食べ慣れているでしょう?」
「え?そ、そうかなあ。静香のチョコレート美味しいぜ!」
どのメーカーの高級チョコレートよりも美味しいと力説していうと、静香は照れて微笑む。
「モクバ君上手い事いうなぁ。」
くすくす笑う静香にモクバも笑う。
静香が何か緊張していたのがほぐれてきたのが分かって。
「静香が作ったのもだったらなんでも上手いと思うぜ!毎日でも食べたいな」
いろんな意味を込めていうと静香は多分普通に受け止めたのだろう。
「ありがとう」
花が咲くように微笑み、モクバは相変わらず鈍感な静香に内心苦笑しつつ、静香の微笑みを見れたのだからよしとしよう、と満足していた。
「そういえば、お兄ちゃん達、ゲームいつ終わるのかなぁ」
「ん?さあなぁ?結局仲良いよな。あの二人」
「そうね」
美味しいお茶とお菓子に食が進み、二人で食べ尽くしてしまいそうな勢いである。
そのころ。
「ふはははははは!その程度か凡骨め!ふははははは」
「くっ。ちくしょう。まだまだ!」
城之内を引き止めた海馬がデュエルで何度目かの勝利をして高笑いをしている所だった。
モクバも静香も始めの1、2戦は見守っていたのだが、続くデュエルに飽きて逃げ出していたのだった。
モクバとしては、城之内を自分達から引き離してくれた兄に感謝しても足りないのだが。
反面。
今日、城之内と静香が海馬邸に訪れる事を知った兄が、この日に休みを取るためスケジュールを詰めた 過度の業務を黙々とこなしていた事をモクバは知っているので。
素直じゃないなぁ、と微笑ましい気持ちになるのだった。
さて、デュエルを続ける年長組は置いておいて。
モクバと静香はいろんなゲームをして盛り上がっていた。
カプセルモンスターを前にモクバがはしゃぎ、静香も手を叩いて喜ぶ。
兄程ではないが、勝負運とゲームのセンスがあるモクバがほとんど勝っていた。
もちろんほとんどゲームをやった事のない、また勝負にこだわらない静香なので負けても気にせず純粋に楽しんでいる。
ふと静香はモクバに目をやり。
「モクバ君髪がもつれてるよ」
女の子らしく身だしなみが気になる静香は軽く戸惑うも、結局指摘してみせた。
モクバは気を悪くしたふうでもなく、ああ、と頷く。
「そうなんだよ。オレの髪硬くてさ。一応櫛は通すけど、面倒臭くてそのまま。」
兄は癖のないストレートだが、自分はひどいくせ毛で、そのせいで短くするとはねて悲惨になるので伸ばしているのだとモクバは笑う。
メディアに出る時はさすがに専属のスタイリストがまともまでは仕上げてくれるが普段はこんな感じと平然としている。
「そうかなぁ。もう少し根気良くすればまとまってくれると思うのだけど」
静香は自分のバックを開け櫛を取り出すと、向かいのモクバの席まで移動し、モクバの隣に座る。
静香の細い指がモクバの髪をゆっくり解きほぐしていき、モクバはどきどきしてしまう。
「硬いだろう?」
「うん。たしかに癖がひどいね」
「大変だろう?だから、諦めるしかないんだぜい」
静香は首を傾げ次に笑う。
「そう?楽しいけど」
本当に楽しそうにしている静香にモクバは女の子だな、と内心微笑む。
そんな感じで、二人、会話もせずに穏やかな時間が過ぎて。
「こんな感じかな?」
はい、と肩を叩かれ、モクバは自分の髪を見ると、たしかにもつれはなく、それなりにまとまっている自分の髪を見る。
「おお、本当に真直ぐになっているぜい」
「でしょ?」
静香はえへんと軽く胸を張ってみせて、モクバはそれを見て笑う。
そんなモクバの笑顔をみて静香も笑ってみせた。
「静香ちゃん、オレ専門のスタイリストになる?」
ずっと一緒にいられるし、と笑っていうと、静香は深く取らずそれもいいね、と笑っている。
モクバは軽く苦笑するしかない。
ふとモクバが静香の髪を見る。
「静香ちゃんは髪真直ぐで綺麗だよな」
「え、そうかな。まあ、大事にはしているつもりだけど」
モクバは手を伸ばして静香の髪を一房持ち上げる。
静香はきょとんとしてされるがままに見守っている。
「うん。綺麗」
モクバは瞳を閉じ、そのまま口元に持っていき、静香の髪にキスをする。
「甘いにおいがする」
瞳を開き静香を見ながらいうモクバに、静香は濃い青の瞳を見ながらどきどきしてしまう。
「あ、うん。チョコ作ったから香りが移っちゃったかな?」
「そっか。ホント、旨かったぜい。ありがとう」
静香は不審にならない程度に体を動かし、モクバの手から髪を抜き取るようにする。
「うん。モクバ君の口に合って良かった」
モクバは静香がさり気なく逃げた事に気がついたが、笑顔を返す。
それに答えながら静香は内心で飛び跳ねた心臓を押さえるのに必死だった。
静香の周りで、モクバの兄が人気があるのは知っていたし、女の子らしく静香も素敵だなと思っていたが、モクバも負けず劣らずかも知れないと静香は心の中で騒いでしまう。
「そ、そろそろお暇しないと。結構長い時間お邪魔してしまったから」
静香は動揺を押さえる意味でも立ち上げる。
モクバはそんな静香の心情に気がつかず、まだ大丈夫だよ、と引き止めたが静香はそのまま本当に帰る事にした。
「そうかぁ。また御馳走してよ。オレも静香が好きそうな紅茶探してみるからさ」
「うん。ありがとう」
引き続き必死に約束を取り付けるモクバである。
玄関ホールに二人行くと相変わらず彼等の兄がデュエルで盛り上がっている。
「お兄ちゃん」
「兄様まだやっていたの?疲れない?」
二人の呆れた声にブラコンシスコンの二人は気がつき振り返る。
「あれ、もう帰るのか」
「む、もうこんな時間か」
「お兄ちゃん、そろそろ帰るよ」
「そうだな」
可愛い妹が狼の巣から逃げるので、城之内は即答で賛成してみせる。
「無駄に時間を過ごしてしまったわ」
フンと鼻をならす海馬に、誰のせいだよっと城之内は言葉を返す。
「ほら、お兄ちゃん」
静香に促され、二人は玄関に向かい、モクバも見送るため彼等の後についていく。
ふと城之内が振りかえる。
「あ、そうそう」
城之内は振り返ると海馬の前まで歩いていき止まる。
「なんだ」
眉をよせ言った海馬の口に城之内が何かを放り込む。
「?!」
「へへへ。一応勝手に押し掛けたのでお詫びに差し入れしてみるぜ!」
反射的に噛み砕いた口に広がるチョコの甘い味。
「静香と心を込めて作ったんだからな。しっかり味わえよ」
城之内はそういうと無敵そうに笑い静香の元に戻っていく。
甘いものが嫌いな海馬は苦虫を噛み潰したような表情でそのまま固まっている。
「じゃあな。お邪魔したぜ」
「お邪魔しました」
兄妹の丁寧な挨拶を聞きながらモクバは使用人と共に見送る。
静香はモクバが見えなくなるまで、時々振り返って手を振っていたが、視界から姿が消えるとモクバは軽く肩を落とす。
「犬め‥」
モクバの隣に海馬が並び、中に入ろうと肩を叩き促す。
モクバが見上げるとそう怒りもない兄の顔が見えて、現実に帰りホールに向かう。
モクバの髪が綺麗にまとまり、軽く香る甘い香りに海馬はおや、と眉をあげる。
「なんだ。進展があったのか?」
しかし、モクバは兄を振り返りうらめしげに見る。
「そんな簡単にはいかないぜい。兄様‥」
兄の普段の女性に対する接し方を真似てみたが反対におびえさせたように思う。
難しいぜぃとモクバは呟く。
「そ、そうか」
そういえば、美味しい紅茶を探すんだった、とモクバが駆け出していき、海馬もゆっくりモクバの後を追う。
「甘い兄妹か」
一度玄関の先を見ると、海馬は表情を消し自分の書斎へと足を向けた。
兄妹が去った海馬邸に再び無機質的な日常が戻って来る。


「静香。モクバに変な事されてないだろうな」
「?何言っているの?お兄ちゃん。変な事って?」
海馬邸の門を抜け街をのんびり歩く兄妹。
兄の心知らず静香はきょとんとして兄の顔を見る。
「いや、何もなければいい」
ぼそぼそいう城之内に静香は首を傾げ、次に笑う。
「そういえば、モクバ君のこと一つ知ったな」
「何?」
きょとんとする城之内に静香は笑って言う。
「モクバ君の目遠目では黒く見えるけど凄く綺麗で濃い青なんだよ」
「し、静香なんでそれを」
どうやって知ったんだ、と突っ込む兄の動揺に気がつかず、静香は笑う。
モクバの男の子らしい仕種をみてどきどきしたが、海馬兄弟ならあれが普通なのかも、と思いいたり。
「気にしない。気にしない」
兄にも自分にも向けていった言葉。
単純な静香は、今度は何の菓子を作ってみようかと無邪気に相談し、城之内はまた行くつもりなのかと心で唸っていた。

end




モク静話です。
兄様達でばっています。
それは私の趣味。
カッコよい海馬兄弟と無邪気な城之内、川井兄妹を書きたかったのです。
書きたいのです〜。
静香の恋の自覚はもう少し後後。すまないね、モクバ‥。
うちの海馬兄弟はフェミニスト。城之内、川井兄弟は料理スキー設定なのです。

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