天使にかまれる

「いてて‥」
「どうしたの遊戯」
幼なじみで家の近い遊戯と杏子は、今日も一緒に学校へと向かっていた。
穏やかに仲間やゲームの話をしていた遊戯が急に顔をしかめ手首を掴む。
あまりに急だったので杏子は驚いて遊戯の顔を覗き込む。
「あ、ん。最近あちこちの関節が痛くてね」
「え、大丈夫?」
「大丈夫だとは思う、でもこのせいで最近良く眠れないんだよね」
ふあ、と遊戯は欠伸する。
そういえば、何かの会話の中で長身の類になるであろう本田や城之内が話していなかったか。
背が伸びる前に関節が痛んで苦しんだと。
遊戯をあらためて見下ろしてぎくりとなる。
いつの間にか目線が変わっている。
少しではあるが前と比べ遊戯の背が伸びている。
もちろんまだ杏子からすれば見下ろす形だが、微妙に視線があがっている。気のせいではなく。

相棒を解放する、と静かに笑った彼の表情を無意識的に思い出していた。

いつもの学校、他愛のない会話、じゃれあい。
幼なじみとその悪友と過ごす日々に非日常がやってきた。
幼なじみの心に現れた彼。
本気の恋をした。
しかし彼はこの時代の人間ではなく、遥か3000年もの時を越えて蘇った高貴な魂。
還る場所を目指してまっすぐ前を見据える彼には追い付けなくて。
でも、愛されてはいなくても、大切に思ってもらえるのは分かっていた。
離別の少し前。
儀式の間に向かう船上で、気分を変えようと外に出た杏子は同じ理由で外に出て海を見ている彼に会う。
想いが溢れて告白した杏子に彼は驚きに目を見開き、(彼には恋愛をする、という余裕なんて少しもなかったのだろう)杏子を見つめる。
しかし、嬉しいと喜んで笑ってくれて、でもと返す。
杏子はきっと返される反応だろうと分かっていたので冷静に聞けた。
杏子と同じようには好きになれない、資格が既にないのだと。
王である少年はごめんと素直に頭を下げる。本来人に頭(こうべ)を垂れることのない王が。
杏子は驚いて首を振り、顔を上げるように懇願する。
彼は申し訳なさそうに顔を上げる。そんな彼がふと表情を変えて落ち着きなく目線を彷徨わせる。
「杏子には俺よりもずっとずっとふさわしい人が側にいると思うのだが」
お節介かなと、彼らしくなく戸惑いぎみの表情で目線を彷徨わせていうが、なにか決心したのか頷き、杏子を見る。
「側にって、まさか遊戯とかいわないでしょうね」
「そのまさかなんだけどね」
眉を寄せる杏子に、彼はそんな表情をしなくてもと、ため息をつく。
「だって」
杏子はあ、と口ごもる。
戸惑いを察した彼は小さく笑うと相棒は心を閉ざしているから今の会話は聞こえないという。
杏子は器用だなと思いつつ再び口を開く。
「だって、遊戯とは幼なじみでずっと側にいたし、それにあの子は子供だから。見た目もだし、性格も」
恋愛する気になれないと肩をすくめてみせる。
「それは俺のせいでもある」
彼は申し訳なさそうにいう。
「えっ?」
驚く杏子に彼は笑って自分の胸元を指す。
「呪いさ。アイテムの。相棒はこのゲームに関わったために成長を止められている」
そういえば、これら7つのアイテムのために何人もの人が傷付き、場合によっては命を落としている。
軽く鳥肌をたててアイテムの一つ、千年パズルを杏子は見る。
「多分相棒は8年前、このパズルに挑戦した時から大人になることを強制的に止められた」
「なぜ?」
「3千年もの怨念を受け止める器は純粋な子供の方がいいからさ。その純粋さは時に強烈な力に変わる」
そうやって、宿敵ともいえる海馬や、ペガサス、マリクに、そしてバクラに勝てたのだと彼は笑う。
自分を卑下して笑う彼に杏子は心を痛める。
「だが、それもすぐに終わる。相棒を解放するよ」
遠くを見ていう彼に杏子の胸はずきんと痛む。
ふと彼は表情を改める。
「そういえば杏子」
「な、なに?」
表情を変えてじっとこちらをみる想い人に思わず杏子はどきどきしてしまう。
「さっき、相棒が子供みたいだといったが。相棒は純粋だが意外に大人だと思うんだが」
「えっ。そう?」
「そうさ、無垢な天使とか思ったら後で痛いめに遭うかも知れないぜ。噛まれないように気をつけるんだな。いいかい?」
くすりと笑った彼の思惑が分からずまさかね、と笑い飛ばした杏子だったが。

「杏子?大丈夫?」
遠くに想いを馳せてしまった杏子に、幼なじみの少年がそっと声をかける。
時々想いにふける杏子に遊戯は気を使ってくれる。
彼に対する杏子の気持ちを知っているからこその態度。
優しい幼なじみ。
杏子は幼なじみの体を案じているハズなのに、自分が反対に案じられていることに、くすりと笑う。
「大丈夫よ、遊戯。やあね。大丈夫だったら」
バン、と力を入れて背中を叩くと、遊戯は咳き込む。ちょっと、いやかなり情けない。
「そ、そう?」
「そう。ほら、急ぎましょう。遅刻しちゃうわよ」
「う、うん」
杏子が急かして歩きはじめた遊戯に親友達が声をかける。
「うーす。遊戯!」
「あ、城之内君達だぁ。行こう杏子」
笑顔を見せ遊戯は城之内たちのもとへ行く。
M&Wの新しいパックがどうとか、新しく出るゲームソフトがどうとかと、無邪気に話す遊戯に杏子は微笑ましいような呆れるような気持ちになりため息をつく。
「まさかね」
遊戯達には聞こえないように、だけど意識してつぶやいた。

桜の花びらの舞う春。
杏子は目線が遥か上にある紫色の瞳に真剣見つめられ、告白されることなる。
杏子はその告白にイエスを返す。
そしてその二年後。
NYで初主役の舞台を成功させた杏子の前に彼の面影を纏った遊戯が花束を持って現れる。
杏子はその胸に飛び込んだ。
杏子の髪に口付け低くでも嬉しそうに笑う気配がする。
じわじわ浸透するように、静かに、だけど確実に。絡めとって奪われる。
無垢で幼い天使だと誰が言ったのか。

天使に噛まれる。

end




遊杏話。
本編終了後時間軸で。
表ちゃんと杏子には上手くいって欲しいです。 本編でそのあたりがフォローがなかったのが残念。
なので勝手に捏造ですよ。

遊戯に戻る