風の交わるところ
兄のライバルの友人、気さくで熱い所もある、話せば意外にいいやつ。
城之内克也というやつ。
そんなやつに妹がいて心底かわいがっている事は知っていた。
その妹に関わることになるなんて思いもよらず。

モクバはアルカトラズでの決勝戦。
兄がそれの勝敗を見守る中、塔内を歩き回っていた。
過去との離別の為、塔破壊を実行するために、最終の安全確認をしていた。
けが人や万が一死者を出して嫌な思いをするのはさすがに避けたい。
兄は決闘王になれなかったが、新しい門出となる訳だから。
闘技場に登るエレベーターの手前に来て、モクバは人がうずくまっている事に気が付く。
驚いて駆け寄った。
「オイどうした?」
髪の長い少女。赤めの髪からそういえば城之内の妹だと気がつく。
その少女が顔を上げた。
目が涙で濡れている。
モクバは当然だがぎょっとする。
目を長い間患っていたことは聞いていたので具合でも悪くしたのではないかと驚いたのだ。
「どうした?大丈夫か。医者を呼ぶか?」
少女は顔を振り目を閉じる。
「大丈夫です。ちょっと雰囲気に当てられて…」
決勝戦を兄と見守っていたが、あまりの気迫と残忍さに逃げ出してきたのだと。
「どうして、あんな戦いをするのかしら」
城之内の妹、静香は手すりを握り締め、つぶやく。
「戦わなければいいのに。みんな。死んでまで手に入れたい物ってあるの? みんな傷つくだけじゃない。戦わなければみんな笑っていられるのに」
「それは違うぜい」
モクバは首を振る。
あまりにはっきり否定したモクバに静香はびっくりして見つめなおす。
近くで見ると美少女の静香に、モクバはどぎまぎした。
城之内が自慢していただけのことはあると思う。
いや、思考にふけるのではなく。
モクバは見つめてくる静香に自分の考えを提供する。
「城之内にとっても、兄さまにとっても、他のデュエリストにとっても、死より守りた 貫きたい物があるんだぜぃ。 戦って、傷ついてこそ手に入るものがあるんだ」
「でも、私は耐えられない。お兄ちゃんだって実際心臓が止まったときは、私も死ぬかと思ったし、あんな思いはもう嫌よ。貴方だってお兄さんがそんな目にあったら嫌でしょ?」
「もちろん嫌に決まっている。だけど、耐えなきゃ」
「どうして」
かみ合わない意見に静香は涙をまた浮かべ始めた。
モクバは軽く動揺したが、少しでも分かってもらいたくて言葉を続ける。
「デュエリストにとっては、戦うことが生きることなのだから。それを奪えば死んでいることと同じなんだぜい」
モクバはステージがあるであろう方向を見上げる。
「デュエリストは魂と誇りをかけて戦う。デュエルは神聖なものなんだ。戦い、勝つことでデュエリストは生きていく」
実際、兄海馬瀬人はゲームのエキスパートとしていろんなゲームは勝利をするための駒として考えていたが、M&Wにであって、ゲームやカードモンスターに対する信頼や愛情をもち始めたように思う。
その姿はモクバにとって嬉しいことで。
ゲームを愛し、モクバに教えてくれていた昔の兄のように。
やっと本来の兄の姿を見れたような気がした。
勝利を得て、トップに立ったとたんそのゲームに興味を無くし、捨てていった兄を思うと悲しかったが、このM&Wをする時は、能力のすべてをつぎ込んで勝負する兄を見れて、できればずっと見ていたいと思う。
兄の上にいる遊戯は、兄のライバルであり憎い対象であり、複雑な心境ではあるが、ある意味感謝もしているのだ。
そして、城之内をはじめほかのデュエリストたち。
彼らが目の前に立ちはだかる限り、兄は戦い続け、輝いていく。
それをどうして止められようか。
いうならば彼らは羽ばたく鳥のようなもの。
ただ空へ向かってまっすぐに飛んでいき、モクバの手をもすり抜けていく。
だから見送るしかない。
「昔の城之内に比べたらずいぶん変わっているだろう?」
「それは、確かにデュエルを始めてすごく楽しそうだけど」
モクバは首を振る。
「前あったときよりすげえ強くなっているんだぜ。城之内。人間的にもな」
もう城之内のM&Wに対する意気込みは趣味の段階ではないのだと、モクバは付け足す。
「それを君は取りあげちゃうの?」
「それは」
確かに久しぶりに見た兄は自分に勇気を与えようと頑張っていた。
まっすぐな目は相変わらずで、デュエルで頑張る兄は大きく見えた。
「俺たちはね、」
モクバはため息をつく。
「俺たちが強くなって兄様たちを支えてあげないと。 何があっても、最後まで見守ってあげれるように」
静香はそこでモクバの顔を見直す。
先ほど、モクバの兄はデュエルで負けている。
それをずっと最後までこの少年は見守って見届けたのだったと気が付く。
「そうか。君は強いんだ」
モクバは静香を見る。微笑み返す静香にモクバは思わず涙が浮かび、ぐっと泣くのをこらえた。
「なんでそうなるんだよ。全然だぜい」
まさかそんな言葉がもらえるとは思わなかったので動揺してしまったが、反面モクバの心の中で何かの楔が抜けた気がした。
「でも、戦う兄様の姿はこれからも見ていたいから、俺は強くなって兄様を支えないと」
まだまだちっこいけどなと、袖で涙をぬぐい、背伸びをして笑う。
静香もつられて笑う。
「そうね。うん。強くならなきゃ。お兄ちゃんが与えてくれた勇気を守れるくらい」
「そうだぜい、がんばろうぜ」
「うん」
二人は静かに笑い、頷く。
ふとモクバは小指を出して静香を見る。
「強くなる約束」
「うん」
静香も意図をすぐに察して小指を差し出し、絡める。
二人笑って手を振って離した。
同じ目標がある相手がいるというのは何となく心強いのだ。
「俺、海馬モクバだぜい」
「モクバ君ね。私は川井静香です」
モクバは頷く。
「知っているぜい。よく城之内からいろいろ聞かされていたから」
「いろいろってなにを?もう、お兄ちゃんたら」
静香が困った顔をして見せて、その姿にモクバが笑う。
と上のフロアでざわめきが聞こえ、二人は顔を見合わせ頷きあい、エレベーターに乗る。
どうやら勝負がついたらしい。
エレベーターを降りると確かにデュエルは終わり、城之内たちがはしゃいで遊戯に駆け寄る所だった。
決勝戦の相手のマリクもちゃんと立っていて、姉のイシズやリシドに声を掛けて貰っている。
その姿になんとなくほっとするモクバと静香である。
と海馬が終了宣言と塔爆破を知らせ、遊戯たちが慌てふためく。
海馬は背を向け、モクバの名を呼ぶ。
モクバが兄を見たところで、静香も兄、城之内に逃げるぞ、と声を掛けられ、頷いて見せた。
お互い兄の方へ足を向けつつ、もう一度振り返る。
また会えたらいいな、と淡い期待を抱きながら。
絡み合った視線に、驚きつつも嬉しくなってお互い微笑あうと、大切な人に向け足を踏み出した。


風が吹き抜けていき、デュエルの終わりをいたわるようにうねる。
ぶつかりあった風たちに敬意を表するように。
モクバと静香はそれぞれ兄の背中を追いかけていく。
大切な人の枷になるのではなく、空へ羽ばたく翼を助ける追い風となれるように。
そして。
自分たちもいつか小さな風になって交わる事を願って。

end




モク静話です。
出会い編?
「一枚から〜」の前の話です
再び兄様達でばっています。
夏コミに発行した漫画の小説版です。
漫画では表現できないもどかしいところも表現したつもりつもり。

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