一枚の風景杏子は小さくため息をつく。 目の前にはコンパクトなデジカメ。 それを指で突きながらどうしようか、と再びため息をつく。 それは何気ない日常の一コマ。 昼休み時間、各々食事をしたり、おしゃべりをしたりと、にぎわう教室。 杏子はいつものメンバーと固まってくつろいでいる。 「ふっふっ」 「どうした杏子、嬉しそうだな」 杏子のそわそわした心に気が付いたのか城之内が訪ねてくる。 鈍感に見える城之内は意外に人の心の変化に聡い。 隣に座ってまだ弁当を食べている遊戯も箸をくわえて首を傾げる。 「よくぞ聞いてくれました」 「ってか、聞いてほしそうにしてたし」 突っ込む城之内の額に軽いデコピンを食らわせ(いてええ、と大げさに叫ぶ城之内はほおっておく) 杏子は鞄からカメラを取り出す。 「おお、デジカメじゃん」 機械類に詳しい本田が目を輝かせる。 「ふっふっ。小遣いで買っちゃった」 「女の子って写真好きだよね」 御伽と獏良が不思議そうに首を傾げる。 多分写真を撮ることをよくねだられている二人だからこそ出る疑問だろうか。 「だって皆でいろんな写真撮るの楽しいもん」 「そういえばプリクラとか好きだよね杏子も」 弁当の蓋を閉めながら遊戯がほやんと笑う。 「で、皆と写真とろうと思うんだ」 「お、いいね」 城之内が嬉しそうに立ち上がる。 不思議がって、めんどくさそうな御伽もささっと髪を整えたりしているのが微笑ましい。 杏子は平静を装って、遊戯に声をかける。 「もう一人の遊戯もどうかなぁ」 「えっ。ボクは?」 「もちろん後で交代して、皆で撮ろう」 即答する杏子に杏子の気持ちを知っている遊戯は肩をすくめると、黙り込む。 多分、もう一人の遊戯に語りかけているのだろう。 遊戯が瞳を閉じ、開くと強い光を宿したもう一人の遊戯が目の前にいる。 「よう」 挨拶もいつもどおりだ。 杏子は頬を無意識的にゆるめつつ、早くなる鼓動を押さえるため、深呼吸をする。 その間にもう一人の遊戯は城之内たちと軽い挨拶を交わしていた。 ふと、もう一人の遊戯が振り向き杏子を見る。 「で、写真とは?」 最近の常識が曖昧なもう一人の遊戯の言葉に全員一瞬脱力しそうになる。 城之内が笑うと遊戯の肩に腕をまわす。 「城之内君っ」 動揺した遊戯に城之内は気が付かず笑う。 「そのときの人物や風景を記憶するものだな。杏子!撮ってくれ〜」 無邪気にはしゃぐ城之内に杏子は内心殺意を覚えながらもカメラを構える。 と、遊戯がその仕草をみて顔色を変える。 「はっ。まさかそれは姿を捉えると魂を吸い取られると言う‥」 「や、ちょっと違うと思うぜ」 遊戯が間違った記憶と知識を披露してみせ、全員で遊戯のボケに突っ込んでみせる。 「遊戯、大丈夫だから。動かないで。こっちみて。城之内も!」 全員に説得され、しぶしぶ遊戯が杏子の方を向く。 城之内もはしゃぎつつ、遊戯に密着してピースサインなぞ出している。 むかっとしつつ杏子はシャッターを切る。 遊戯は納得したような、不思議そうな顔をしている。 と。 遊戯の襟首を何者かがつかみあげた。 「遊戯?!」 遊戯はそのまま投げ出されてしまう。 ワハハハハと高笑いとともに現れたのは、歩く核弾頭と言われる、海馬である。 海馬は城之内の肩に手を置き、満足そうに杏子を見る。 「女、貴様にこの俺の写真を撮らせる名誉を与えよう。さあ、撮るがいい!!」 「あのなぁ」 城之内が呆れて海馬の手を払おうとする。 杏子もあぜんとして二人をみていると、元に戻ったらしい遊戯が海馬に文句を言っている。 「いきなりひどいよ。海馬くん。この扱いはないんじゃない?」 猫のように首根っこを捕まれ放りだされたのだから当然の抗議だ。 「フン、この犬と密着して撮ることはこの俺が許さん。貴様ととった写真は後で消させてもらうぞ」 「もー、勝手言わないでよ」 「がー。二人とも騒ぐな」 城之内も呆れて海馬の胸を押し離れようとする。 と、海馬がうめいて城之内から手を離した。 「そこ、退いて下さい。海馬さん」 思いっきり向こう脛を蹴られた海馬が座り込んでうめく。 海馬も急所と呼ばれるところはあるようだ。 「お兄ちゃん」 城之内の妹である静香が無邪気に兄の首にぶら下がる。 「静香。なんでここに?」 城之内は再び唖然とする。 「えへへ。今日休校になったから遊びにきちゃった。写真撮るの?私も入れて。ね杏子さんいいでしょ?」 「おいおい」 「し、静香。俺たち部外者だからまずいって」 モクバが教室の入り口であたふたしている。 撮るなら俺と、と騒ぎ出す本田と御伽。 ダメージから回復した海馬も立ち上がり静香に詰め寄っていて。 「貴様ー!!」 遊戯もボクも入れてと、仲間の周りを飛び跳ねている。 城之内も真ん中でうるさいーと両耳を塞いでいる。 たかが写真でこの騒ぎである。 クラスメイトたちは教室の隅に避難し、実は本鈴も鳴って教師が来たが、騒ぎをみて自習にすると言い残し逃げ去っている。 杏子は目線を遠くに向けるしかなった。 その騒ぎはいつものことだからいいのだが。 ため息の原因はその後である。 騒ぎは結局全員で写真をとることで(城之内真ん中に囲まれて)解決したのだが。 6時間目の前の休憩時間、杏子が授業の準備をしていると、クラスの女子たちが緊張しつつ声をかけてきたのだ。 城之内と遊戯のツーショット写真を焼き増しして欲しいと。 近くで聞いていたほかの女子たちも、『私も!』と便乗してきて。 杏子は憂鬱なのである。 それは城之内目当てなのか、遊戯目当てなのか。 最近遊戯はバトルシティを終え決闘王の称号を得た。 あのイベントで目立っていた遊戯は、ドミノ高校の女子達に密かに人気になっている。 それがいつもの遊戯でももう一人の遊戯にたいしてでも、杏子にとっては嬉しくない。 二人の遊戯がそのことに気が付いていないのだ救いだが。 見た目に華やかなイベントではあったが、その中で参加した皆がどんな目にあったか、どんな思いをしたか、知らないだろう。 想いを秘める少女達の手にその写真が渡るのはいたたまれない。 最近もう一人の遊戯が思いふけることがあり、遊戯も気に病んでいる。 遠くを見つめる二人に杏子は置いていかれそうで不安になる。 多分、写真を無邪気にとるなんてもう、できそうにない。 だけど。 杏子は目を閉じてうん、と決意する。 デジカメを手に取ると問題のツーショット写真を呼び出した。 そして、削除ボタンを押す。 ぴっと音がして確認のダイアログがでて、杏子はそれにイエスで答えた。 ぴっと軽い音がしてそのデーターはあっさりと削除される。 クラスメイト達には間違って削除した、と言うしかない。 もうすぐ自分達仲間のバランスが変わる気がする。 杏子はその予感に不安を覚えるが、首を振り思いをはね除ける。 きっとそれも仲間達と乗り越えていくのだろう。今までのように。 しっかりしなければ。 写真一枚にすがってなんていられない。 杏子は目を閉じ、写真の中のもう一人の遊戯を思い浮かべると記憶に焼けつける。 目を開けたところで、杏子を呼ぶ仲間の声がして、杏子はカメラを鞄に入れると立ち上がった。 バトルシティ後のつもりです。 5000カウントゲットリクエストにいただいた城之内君いちゃいちゃで思い浮かんだイメージから そのままお話まで作ってしまいました。 杏子視点でちょっと切なめ?なんで杏子かは聞かないでやってください〜。 散文です。さらっと読んでいただけるとよろしいかと。 遊戯に戻る |