スイートばれんたいん

2月14日。

それは、天使がすべての恋する女の子達に奇跡を運んでくれる日。



「えっと、チョコを湯せんでとかして....」

本を見ながら悪戦苦闘しつつ、お菓子作りに取り掛かるヒカリの後ろで

母親は色気ついた物ねぇと無邪気に微笑み、兄の太一はそわそわと落着かない。

ヒカリの後ろでうろうろしている。

「ヒカリ〜大丈夫かぁ?」

「うん、大丈夫だよ。」

「火強くないかー?」

「まだ大丈夫だってば。」

「そろそろオーブン温めるか?」

「・・・・・。」

さりげなくあっちに行くように兄に言っていたが、ここまで回りをうろうろ

されると、お菓子作りに集中もできない。

「もう!大丈夫だからあっちに行っててよ。お兄ちゃん!」

普段怒る事のないヒカリがきれるとこわいのである。

そうして、キッチンから追いやられる太一であった。



町中もバレンタイン1色で色付きはじめた2月はじめ。

選ばれし子どもとして共に戦ってくれる男性陣に、チョコを送っては?

とは、選ばれし子どもでは若干2名の女の子である京の意見である。

そわそわわくわくと落ち着きのない女生徒たちの影響を受けたらしい。

今までチョコレートを(太一と父親以外に)贈った事のないヒカリは

すぐに賛成してしまった。

つまりヒカリもある意味ミーハーなのである。

京は賢と伊織に、ヒカリは大輔とタケルにと、振り分けも決まってしまった。

ヒカリはチョコレートケーキを贈ろうと、目下ケーキ作りに奮闘中なのである。

スポンジ生地を作りながらヒカリはふと大輔の顔を思い浮かべる。

彼がチョコレートをもらった時の嬉しそうな表情が想像できて、くすくす笑う。

そんな彼の表情を見るためにも贈り物には失敗や妥協は許されない。

気合いの入るヒカリであった。



昼休み廊下でばったりであった京に、今の状態を聞かれた。

「うーん。まあまあってところかしら。」

うむうむと京はうなずき、

「私は、チョコチップ入りのクッキーを贈るつもりなんだ。頑張ろう」

と、ピースサインをだす。

うなずくヒカリと京の耳にふと大輔の名前が入り、音の発生源を探す。

と、3人組みの女の子が窓から校庭を見ているのが目に入る。

「かっこいいよね。大輔君。私頑張って、手作りチョコ贈ろうかと思うの。」

「へええ。美穂。すごいじゃない。頑張って。」

美穂といわれた子はヒカリと同じクラスで、ストレートの腰まである 髪を持つ少女だ。

やや、身体が弱いので体育などは見学が多い。

性格はおとなしく控えめだが、知的な瞳は時々強い光を放ちはっとされることも。

儚げにしかし強い意志を持つ少女に憧れる男子生徒も多い。

今まで美穂が好きという意志を見せた事がなかったのでヒカリはすこしびっくりする。

しかも大輔に・・・。

「うひゃー。大輔に恋なんて、もの好きな子もいるわね。」

ヒカリは、京のつぶやきを聞きながら、少女たちの視線を追う。

校庭では大輔が友達と楽しそうにボールを追っていた。

実は京は知らないだけで、大輔は意外に女生徒に人気があるのである。

タケルのように、やかましく騒ぐファンがいないだけで。

そっと見守る少女達の視線にヒカリは気が付いていたのだった。



もし、チョコレートを私以外の子から贈られたら大輔君は受け取るのかしら。

ふと考える。

元気で、やや調子ものの大輔だ。

喜んで受け取りそうだ。



誰からも受け取らなければいいのに。

ヒカリはきゅんと絞めつかれる胸に手を当てる。

何を自分は思っているのだろう。

自分にとって大輔はあくまで選ばれし子供=仲間なのだから。

次に来たのは罪悪感だった。

なんて、自分は独占欲が強くなったのだろうと。

「ヒカリちゃん?」

表情をなくしてしまったヒカリに京がそっと声をかける。

ヒカリははっとして、「何でもない」と微笑みを返すのであった。



そしてバレンタイン当日。

平日のため、勿論普段通りに学校がある。

しかし、女生徒はそわそわと落ち着きない。

ちなみにタケルのまわりは異常な緊張感が漂っているが、

本人は中心に居ながら穏やかなものである。

相変わらずだなとおもうヒカリである。

いろんな意味でタケルは大物なのだ。

さて、大輔といえば。

「ヒカリちゃん、一緒に音楽室にいこう。」

「あ、その教材もつよ」

「一緒に給食取りに行こう!」

・・・・いつもに増してヒカリになついている。

態度でチョコレートは?と聞いてくるようなものだ。

ヒカリは内心あきれとくすぐったさでいっぱいだった。

なんとなく、焦らしてみたいななんて。



そのうち大輔の肩が落ちてくるのがわかる。

校庭の角に座っていじけている大輔を見て、さすがにひどかったかなと、

声をかけようとして。



「本宮くん。」

控えめな声に大輔は振り向く。

側に美穂が立っていた。ヒカリは思わず立ち止まり陰から見守っていた。

「なに?立川さん」

大輔は芝生の草をズボンから払いながら立ち上がり美穂に向かい合う。

こういう人を見てはなす所は徹底している大輔である。

美穂はしばらく赤くなって黙っている。

?マークを浮かべながら辛抱強く待っている大輔。

どうやら雰因気から察する事ができないらしい。

「あの、これ。もらって下さい。」

とうとう、美穂が包みを大輔に差し出す。

「えっ。それって、俺に?」

びっくり仰天する大輔。

うなずく美穂。

しばらく沈黙が続く。

「ごめん。おれさ、好きな子が他に居るだ。」

「八神さん?」

大輔照れながらうなずく。

ヒカリは無意識につめていた息を吐き出した。

「ばればれだけどな。そんな俺がもらっていいの?」

「解っているけど、八神さんはっきりしないし、私の気持ち知ってて欲しかったから。」

「そうか。」

やや、困ったように頭を掻く大輔。

美穂はぎゅっと目を閉じ。

「ごめんなさい。もらってくれるだけでいいから。」

もう一度チョコレートを差し出す。

「解った。ありがとう。」

そっと受け取る大輔。

「わたしこそありがとう。じゃあ、先に教室に戻ってるね。」

後ろにさがり校舎にむかい駆け出す美穂。

しばらく見送った大輔は校庭のほうを向き

「俺もめげずにがんばらないとな。」

とつぶやいた。ヒカリには聞こえなかったが。



放課後、結局ヒカリからチョコレートをもらえず落ち込む大輔。

帰路につこうとする彼の背中にヒカリはそっと声をかける。

「えっ。なになに?」

くるりんと効果音がつきそうな勢いで振り返る大輔だった。

そんな大輔の態度に笑いを誘われながら、チョコレートケーキの入った箱を差し出す。

「お、おれに?もらっていいの?ヒカリちゃん。」

とたんに目を輝かせる大輔にうなずくヒカリ。

「なんとなく恥ずかしくて渡しそびれちゃったけど。」

「うわー。うれしー。俺、うれしー。」

想像していた大輔の反応にやっぱりと、微笑みを誘われるヒカリ。



そのころ賢と伊織も、京にチョコクッキーをそれぞれ渡され照れながら

ありがとうと京にお礼の言葉を返してみたり。



「チョコレートケーキなんだ!」

「うん。上手く出来たか自信ないけど。」

「絶対上手いに決まっているって!」

「そっかな。じゃあ、タケル君と仲良く食べてね。」

固まる大輔の後ろでタケルがにっこりと微笑んでいる。

「うん。ヒカリちゃんありがとうね。」

ぐぎぎぎと、いかにも音が聞こえてきそうに、振り返る大輔。

なんでだよーというつぶやきはヒカリもタケルも聞こえないふりをした。



ここ何週間か、自分の気持ちに風が吹き抜け、

今までと違った思いにたどり着きそうだったが。



まだもう少し。

この穏やかで大好きな日常の中で漂ってもいいかなとおもうヒカリであった。



「おじゃましまーす」

おじゃましま・・す。

結局八神家でケーキを食べる事になり、タケルと大輔は八神家にお邪魔する。

「おっ。珍しいな。おまえら。」

珍しくクラブが休みでだらだらしていた太一が出迎える。

とても人懐こくてまっすぐな後輩たちの訪問を喜んでいる。

ヒカリがお茶を準備しながら太一にいう。

「今からケーキ食べるんだ。お兄ちゃんも食べる?」

とたんに笑顔を固める太一。

なにやら言い訳をして、さっさと部屋にこもってしまった。

「どうしたんだろう。太一さん」

「さあ?」

首をかしげるタケルとヒカリ。

そっとケーキを切り分け食べる準備を整える。

「いただきまーす。」

「美味しいね。手作りなんでしょ?すごいね。」

「ありがとう。タケル君。」

いちゃいちゃと楽しそうに話す二人を見ながらしくしくと心の中で泣きつつ ケーキを食べる大輔。

「畜生まけないぞ〜。」

こそっとつぶやいた大輔。

甘いはずのケーキはちょっと苦かったようです。

fin




バレンタインネタです。
ウチのヒカリ大輔ラブですが、この時点ではまだ自覚ありません。
大ヒカ同盟に連なるものとしては、大ヒカな文章をかかなければとおもっていたのです。
これで肩身狭くない?
ちなみに太一さん、1週間ヒカリの実験台になった模様です。


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