小さな誓い

その人は、3歳年上で。
平等に誰とでも優しく接する、大人の人なので。
僕もとにかく早くすこしでも早く大人に近付きたいと思う。
その人につりあえるようになるために。
そうやって今まで努力してきた。そしてこれからも努力していくのだろう。


なにもそんなシーンをこんないいタイミングで目撃しなくても良いと思うのに。
人は僕の事を運がいいだとか、要領がいいとかいうけど、実はそうでも無いのだ。


「ごめん、他に好きな子ができた。だから‥。」
兄が神妙な表情で言葉をつづる。その先には。
デジタルワールドで、現実世界で、いつも優しく接してくれた空さんがいる。
夕暮れ時の公園。
「うん。なんとなくそうかなって思っていた。だって、ヤマト全然私に触れようともしなかったから。」
空さんは苦笑いしながら、兄を見つめ返す。
兄はその視線にたえられないのか目を閉じる。
「つき合っておいて、今さらなんだけど。今まで自覚が持てなくて。空には悪いとは思うけど。」
そう、二人は去年のクリスマスにつき合いはじめた。そのころはバカップルと言わんばかりに仲よくて
仲間のみんなには呆れられていたっけ。
それが。
「そうね。今さらと言う気もするわね。」
空さんは淡々と言葉を返す。その穏やかさに兄は静かな怒りを感じたのか。
「本当にごめん。」
ただひたすらに謝り倒す。
「ごめんと言われても。ねぇ。」
空さんは一つ大きなため息をついた。
「殴ってくれてもいいぜ、覚悟はできているから。気の済むようにしてくれ。」
目を閉じたままぐっと歯を食いしばる兄。あ、少し青ざめてる。
「じゃあ最後に、聞かせて。私とつき合った日々少しは楽しいと思ってくれる?それとも苦痛だった?」
兄は目を開き真面目な表情で言う。
「もちろん楽しかった。空も好きだったから。この気持ちは本当だ。」
空さんは再び微笑みを浮かべる。
「これからも友だちでいてくれる?」
「当たり前だ!」
兄が即答すると、空さんは少し安心したようにうなずいた。
「じゃあ、目閉じて。」
空さんがポキポキと両手の指を鳴らす。兄は思い出したように再び青ざめながら目を閉じた。
そんな兄をみて空さんは微笑んで。
爪先立ちになると、短いキス。
僕は唇を噛み締める。
「そ、そら?」
さすがに兄も拳ではなく接吻がくるとは思わなかったらしく目をなんども瞬きさせている。
「これくらいの特権はないとね。」
空さんはふつうの姿勢に戻り、ふふふと笑う。
「その人と一緒の方がヤマトらしくいることができるのよね。私ではなくて。
分かっていたけどつい足掻いちゃって。私の方こそごめんなさい。」
「空‥。」
「ほら、早くその人のところにいってあげて。」
いつもみたいに、手を腰に当てていう空さん。
「とりあえず家まで送るよ。」
驚きから醒めた兄が真面目な表情で言う。空は肩をすくめると首を振る。
「何言ってるのよ、すぐ近くだからいいわよ。それに、今さら優しくされても辛いだけだから。」
「空‥。」
「変に期待しちゃうかも。だからね。私はいいから行って。ほら。」
空さんは笑って手を振る。
兄はごめん、また明日学校でなというと体の向きを変え駆け出した。
しばらく兄の背中を見送る。と向きを変えて近寄ってくる。
こっち側が空さんの家なのだ。


まずいと思いつつも足が動かない。ここは低い植木で完全に姿を隠せないから。
体を隠くすために動かないといけないのに修羅場をみてショックを受けているためか動けない。
「タケル君?」
ああ、見つかっちゃった。
こちらを見る瞳には涙は見えない。
僕の前まできて少し背を折って僕の顔を覗き込む。
「もしかして、今までの見て、いたの?」
さすがにバツが悪そうに声を低くしていう空さん。
声に落ち込んだ感じは見受けられないけど。
でも、きっと心の中では悲しみが溢れているに違い無い。
僕は気がついたら空さんにしがみついて泣いていた。
「た、タケル君?」
「ごめんなさい!」
僕は声をあげて泣いてしまった。
空さんに対してどう声をかけて良いか分からない未熟さに。
どう言えば空さんに笑顔を戻せるのだろうかとか。
悲しい思いにさせないですむのかとか。
どうしたらすべての事から空さんを守れるのだろうかと。
3年という歳の差が悔しい。兄や太一さんならなにか言ってあげれるのかもしれないのに。
「やだ、タケル君たら。偶然なんでしょ?私は気にして無いから。」
どうやら勘違いしたらしい空さんが僕に話し掛ける。
そうじゃないと言いたいけど、悔しくて悲しくて言えない。
僕が落ち着くまで空さんは背中を撫でてくれていた。
突然僕は空さんに抱き着き密着していたことに気がつく。
ああ、大胆なことをしていたんだ。
僕はそろそろと空さんから離れる。涙も引っ込んでしまった。
「大丈夫?タケル君」
空さんはたいして気にならないらしく微笑を僕に向けてくれた。
「ヤマトに会いに来たの?」
僕はその通りだからうなずく。
「お兄ちゃんの姿を見かけて追い掛けてきたら‥。」
「ああ、そうなのね。」
空さんはうなずく。再び優しく僕に微笑みかける。
「なにか用事だったの?今日は無理っぽいけど。」
「ううん。たいしたことじゃ無いから。もういいよ。」
僕は空さんの笑顔が寂しくて辛かったがあえて明るい声でいう。
空さんは笑ってうなずく。
「そう。じゃあ、そろそろ帰るね。またね。タケル君。」
僕の側をすり抜けていこうとする空さんの手を無意識に掴んでいた。
「タケル君?」
僕の表情が心配そうにしていたのかもしれない。空さんは笑う。
「私は大丈夫よ、タケル君。少し帰ってヤケ食いしちゃうかも知れないけど。
でも、今日はタケル君の突然予定外の出現で、涙は引っ込んじゃったなぁ。」
僕が突然泣き出したからだろう。僕は自分の行動にすこし恥ずかしくなる。
空さんは僕の反応を楽しんで再び笑う。


本当は、悲しい時は無理矢理な笑顔を見せないで素直に泣いてほしい。
その涙を受け止める、そんな存在になりたいのに。
言いたいけど今の状況では言えない。
まだ言うだけの資格もないだろう。


僕は空さんを見ながら拗ねた声をだしてしまう。
「だって、僕達の大切な空さんを悲しませるお兄ちゃんに腹が立ったんだもん。」
僕は無邪気そうに言った。空さんは狙い通り深い意味にとらずあらあらと呟いた。
「ありがとう、タケル君。」
「あ、こんど僕がおにちゃんを懲らしめてあげるからね。」
「ふふふ。そうね。お願いするわ。」
僕が拳を握り殴るポーズをとると、空さんは苦笑いを返した。
きっと僕の励ましも空さんには届いて無いだろうと分かっていても。


その後もすこし他愛のない話をして空さんは家に帰っていく。
ぼくはその背中を見えなくなるまでただ立って見送った。


早く大人になる。一秒でもはやく。
あなたを守るためならどんな努力も惜しまないから。
もっと強くなる。
ずっとあなたが笑顔でいられるように。
小さな誓い、だけど、苦しい程の願いを胸のうちでつぶやきながら。
僕は暗くなった道を自分の家に向かって歩き出した。

fin




あれ、タケルの空への無邪気な告白を書きたかったはずなのに。
なんだか暗く‥。
また、明るい、ギャグっぽい話を書きたいです。
ヤマトがタケルに冷たくされていじける話とか。
これはタケル小6なりたてくらいの設定です。
ヤマトのおもい人はもちろんあの人。
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