少年の苦悩少女の心理

バレンタインのピンクから、ホワイトデイのブルーを基本としたディスプレイを遠くに見つめながら、
大輔はその賑やかな場所に行くか、立ち去るかそわそわとしていた。 きっとはた目から見れば微笑ましいかもしれないが、大輔としては自分は不審な奴に見られているのだろう と思い泣きたい気持ちになる。
そう、追い詰められているとは、この事かもしれないと大輔は思うのだった。
事の起こりは、バレンタインから一週間たったある日の事。


サッカー部の練習もキャプテンと顧問の都合で休みとなったため、のんびりとせんべいをかじりながらゲームに明け暮れていた大輔の前に気迫の篭った姉ジュンが立ちふさがる。
ゲームの邪魔をされて文句をいってやろうと見上げた時。
「大輔!!あんたってやつは、男の風上にも置けないやつね。」
この勢いは寝転がってゲームをしている大輔をカーペットごとひっくり返しかねない。
大輔はさすがに起き上がり、すわり直し姉を見上げる。
「いきなりなんだよ。」
「なんだじゃないわよ。聞いたわよ。あんた、ヒカリちゃんに毎年チョコをもらいながらお返し していないんですって?!」
大輔はうぐっと詰まる。
そのとおりだからだ。
「女の子が心をこめてチョコをくれているのに、あんたちょっと無神経じゃないの?」
「だって、俺、毎年義理チョコだってはっきり言われてもらっているし。」
「義理だっていろいろ思いはあるじゃない!ああ、あんたって女心わかってない。全然わかってない。」
わかってたまるか。わかっていれば苦労しないと大輔はぶつぶつ呟く。
大輔とは正反対のヒカリをジュンは気にいているようで、帰りにヒカリと会い、少し話をしたのだという。
バレンタインの話になり、話すうちに大輔からホワイトデイのお返しをもらうことがなかったということを知って しまったのだ。
「情けなくて私が、この私が謝っておいたけど、ヒカリちゃんあっさり期待していないっていっていたのよ。」
ジュンは片手を握り締めぶるぶると震わせていたが、ズビシっと大輔を指差した。
「あんた、情けない、無神経。何年もヒカリちゃんの心を捉えられない訳がわかった気がしたわ。」
「うるさいな。余計なお世話だ。」
大輔は苦虫を噛み潰したような表情でぼやく。
すすっと、ジュンの指をさける。
「ええ、余計なお世話だわ。本当なら私だってとやかくいうつもりはないわよ。あんたの事だからね。
でも、ヒカリちゃんの事を思えば。」
逃げた大輔を再びびしっと指差し、ジュンは声高々にいう。
「だから私がちゃーんといっておいたわ。今年はお返しさせるから期待しててねって!」
大輔は目を剥く。
「て、てめー。何いらない事いっているんだっ。」
大輔は立ち上がってジュンを睨み付ける。
中学に入って大輔はジュンとほぼ身長が並んだ。
しかし、大輔の睨み付けも長年見ているジュンとしては何も感じないようだ。
ふふんと鼻で笑ってみせる。
「なに、怒っているのよ。ヒカリちゃんの気持ちをすこーしでもつかまえれるようにがんばるのよ。」
そして自室へと立ち去っていく。
「なーんて弟思いなお姉ちゃんなんでしょ。」
などと、自画自賛しながら。
その声の調子から楽しんでいる事は明らかだった。
「なにがだよ。どこがだよ。」
大輔は座り込み、うなりながらゲームオーバーの文字が広がる画面を呆然と見つめていた。


次の日。タイミングが良いとはこの事だろう。
大輔は朝からヒカリとばったり会ってしまう。
普段なら大輔はサッカー部の早朝練習で早い時間に自宅を出るので、ヒカリと会う事はない。
今日は昨日に続き練習はなかったのだ。 だから嬉しいはずなのだが、今日は違う。
なにか緊張してヒカリにおはようと挨拶する。
ヒカリはいつものようの微笑みを見せておはようと返す。
同じ方向なので自然と並んで歩くようになる。
学校や部活、選ばれし子供達の話を何気なくしていて、大輔は自分から切り出した。
「昨日、姉貴と会ったんだ?」
「うん。相変わらず凄いパワーよね。あ、そういえばバレンタインのお返しの話になっちゃって。」
ヒカリは思い出したように口に手を当てる。
「ごめんね、気にしてないっていったけど、大輔のお姉さん、凄く燃え上がっちゃって。絶対お返しさせるって。」
「あ、ああ。」
「本当に気にしなくていいからね。たいしたものあげてないし。毎年の事だから。」
そう言いながらヒカリは見えてきた校門に向かっていく。
大輔は足をとめた。
チョコを欲しいと態度や言葉で求めてきたのに。そしてヒカリは毎年善意でチョコを送ってくれていたのに。
それなのに何もお返ししないと言うのは確かにおかしいのではないか。
ヒカリに反対に気をつかわせてしまって。
お返しがないのが当たり前に思っていた自分が確かに情けなくて、無神経に見える。
善意の上にあぐらをかいていていいのかと。
「大輔君?」
並んで歩いていると思っていた大輔の気配が消えて、ヒカリは驚いて振り向いていた。
大輔はゆっくり歩いていってヒカリに並ぶと笑ってみせる。
「いつももらってばかりだから、やっぱりお返ししないと。期待しててね。」
そう言っていたのだ。

期待していて、と言ってしまったからにはそれなりのものを送りたい。
キャンディや、クッキーが定番らしいが種類がいろいろあって遠めに見ても迷ってしまう。
第一ヒカリの喜ぶもの、好むものを思い出そうとして大輔は思い出せない事に気がつき愕然とした。
いったい自分はヒカリの何を見ていたのだろうと。
幼馴染みで、同じ選ばれし子供という立場が、ヒカリと自分の距離を他の友人やクラスメイト達より
近いものと思わせていた。そう。だた立場だけが。
じつはそうヒカリには近くないのだ。自分は好きな人の事をなにも知らないのだから。

ヒカリは、ひさしぶりに兄太一と買い物をしていた。
明るくさっぱりした性格の太一は当然女生徒に人気があり、今年もチョコをたくさんもらっていた。
多分義理より本命が多いであろうとおもわれる。
太一に頼まれ、お返しのプレゼントの買い出しにきていたのだ。
女の子が喜びそうなものを太一の性格や好みもあわせて選びだす。
ずっと一緒にいて、優しくて大好きな兄が女性達にちやほやされるのは面白くない。
が、ヒカリは、こういう風に可愛いものを選ぶのが好きだから楽しんでいた。
買い物を終えて太一と並んで歩いていて、キャラクターグッズが並ぶ棚の前を通りかかる。
「わあ、可愛い。」
ヒカリは立ち止まり商品を見ている。
太一も止まりヒカリが見ているものをみて首をかしげた。
「おい、それのどこが可愛いんだ?」
ヒカリが手にとっているのは白ネコのグッズだった。
人気があるらしく最近いろんなところでみているが太一にはそんなに可愛いと思えなかった。
女の子は変なところで受けるからな、と太一はため息をつく。
「強いていえば。」
「うん?」
「テイルモンの彼氏になれるかなってとこだな。その目つきの悪さは会った頃のテイルモンにそっくりだし。」
太一は面白くも無さそうにいったが、ヒカリはそのネコを見直し、ツボにハマったらしく笑っている。
「お兄ちゃんったら、そんな事言ったらテイルモン怒るわよ。」
笑いながらも目の前にあるぬいぐるみを嬉しそうに見ている。
そういえば、空やミミちゃんもへんてこりんでちんちくりんなものがすきだったなぁ?
女の子の心理はわからん。と太一はおもう。
しかし、ヒカリがそのキャラクターを他の中でも気に入っているのは分かった。


「そういえば、ノートが切れかかっているんだった。お兄ちゃん文房具店いかない?」
ヒカリが思い出したようにいう。
太一は別に文房具店には用事がなかったので断る。
「いや、オレはいい。あっちのベンチで待っているよ。」
なんとなくチャラチャラしたところにつれていかれそうな気がした太一は辞退して目標の場所に向かう。
ベンチに座っていると見なれた少年が目に入り、その姿を追う。
大輔のやつ何しているんだ?
大輔らしくなく思いつめた目をしていたので、しばらく見守っていると、ホワイトデイと銘打ったホールの前でうろうろしている。
この時期だからいろんなところでホワイトデイに関するようなものを扱っている。
その内の一つの売り場に入ろうか入るまいかと悩んでいる。
へえ、大輔のやつ。
誰かにお返しするのか、と思い次にヒカリの顔を思い浮かべる。
いったい誰に、ヒカリではないのか?とおもうと何となくむっとして、ジッとしていられず太一は大輔に声をかけていた。
「おっす。大輔なにしているだ?」
「わあ、先輩驚かせないでくださいよ。」
緊張していた大輔は簡単に驚いてくれた。
太一のにやにやした表情に大輔は少しむっとして呟く。
「分からないんですか?」
「いや。大輔も生意気な年頃になったなぁ。」
大輔はきょろきょろしてみせた。
「もしかして、ヒカリちゃんも一緒ですか?」
「あ?ああ。今は他のところにいっているからここで待ち合わせ。」
とベンチを指す。
「そ、そうですか。」
太一はお返しの相手がヒカリであるらしい事に気がついてほっとして、ほっとした事に今度は少しむっとした。
難しい兄心だ。
「先輩女の子って何もらったら嬉しいのかなぁ。」
「うーん。そうだなぁ。どうだろうなぁ。」
「オレ、いろいろ考えたけど思い付かなくて。こういうところ気恥ずかしいし。」
確かに自分もヒカリと言うダシがいなければこういうコーナーに出入りできないかもしれないが。
太一はふと、先程ヒカリがネコのグッズの前で気に入ったように見ていた事を思い出す。
しかし、それを言って、大輔の、そしてヒカリの為になるのかと思い直し口を閉ざした。
「わ、ヒカリちゃんがこっちにくる。じゃ、先輩これで。」
「お、おい。大輔?!」
恥ずかしいのか逃げ出す大輔に、太一は取りあえず思った事を背中に叫んだ。
「最後は気持ちだろ。気持ち。心が篭っていれば伝わるさ。」
大輔はあっという間に姿を消した。
これでは届いたかどうかわからない。
「お兄ちゃん?どうしたの?」
立ちすくんだ兄にヒカリは首をかしげて声をかけてきた。
どうやら大輔の姿はヒカリには捕らえられなかったようだ。
太一は笑ってなんでもないといい、家路につくべく、足を出口に向けた。


そして、ホワイトデイ前日。
大輔は追い詰められていた。
未だに何を買えばいいのか決まらないからだ。
部活帰り、大輔はデパートのホワイトデイコーナーの近くでうろうろしていた。
今日きめるか明日にしようかと思いかけた頃、女性の店員が嬉しそうに声をかけてきて、逃げられなくなっていた。
予算を聞いてこれはどうか、こっちはこうでいいかも、といろいろアドバイスをくれるが大輔はしっくりこない。
うーーん。と悩む大輔に、閉店が迫ってきて店員もいらいらし始めた。
閉店まぎわにかかるお知らせアナウンスに大輔も慌ててしまう。
慌てた調子に手がぬいぐるみにぶつかり落ちてしまった。
「わあ、すいません。」
大輔が慌てて、棚になおそうとするが、そのぬいぐるみは安定がとれずまたぐらりと落ちそうになる。
そのぬいぐるみを支えながらふと目があって、大輔はしばらくそのぬいぐるみをだりだりと冷や汗をかきながら見つめる。
その背後に聞こえる閉店を知らせるアナウンスが響き渡り。
「これください。」
そのぬいぐるみを掴み店員に向かって叫んでいた。
店員は何を思ったのかにっこりと笑った。


「とほほ。こんなはずじゃあ。」
閉店まぎわなのに御丁寧にラッピングされたプレゼントをみて大輔はぼやく。
当日。
部活も終えて、大輔は自室に戻っていた。
渡す時皆に冷やかされたくないので、学校から戻って渡そうと計画していたが。
自分が追い詰められて選んでしまったものだから、とても喜んでもらえるとは思えなかった。
別のものを買いなおすか、それとも渡すまいかとおもったとき。
「あらあらそれがお返し?なにやっているのよ。さっさと渡しにいきなさいよ。」
というと、ジュンは御丁寧に八神家に電話をかけ、前の公園にヒカリを呼び出してくれた。
「わー。姉貴やめろって。」
叫んでも、後の祭り。
にやにや笑うジュンは「ほら待たせてどうするの?」と大輔を家から追い出す。
マンションの前の公園に行くと、ヒカリがブランコに腰をかけて待っていた。
大輔の姿をみて、立ち上がる。
足下にはテイルモンが夜もふけているためだろう、護衛で控えていた。
「こんばんは。大輔君。渡したいものがあるって聞いたんだけど。」
少なからず期待しているように見えるヒカリに大輔は再び冷や汗をかく。
ヒカリの目が大輔の持ち物に目が止まる。
けっこう大きいものだから吃驚しているようだ。
「それ?」
「うん。」
大輔は観念して差し出した。
「いつもありがとう。でも、いいものが選べなくてごめん。」
大輔は素直にヒカリに自分の思いを言ってみせた。
ヒカリは受け取り、嬉しそうに首をかしげる。
「ううん。凄くうれしい。あけていい?」
「あ、うん。」
ヒカリは嬉しそうに包装を解きプレゼントを出す。
ぬっと現れたぬいぐるみにヒカリはきょとんとして、テイルモンは一瞬ふーっと毛を逆立てた。
「あ、そのいや、テイルモンの彼氏にいいかなーとか。」
目の前にいるテイルモンを見て、大輔は苦し紛れに言っていた。
「失礼ねーっ。」
テイルモンはそっぽを向く。
しかしヒカリは嬉しそうに笑った。
「ありがとう、大輔君。凄くうれしい。」
ネコのぬいぐるみをぎゅっと抱きかかえながらヒカリはくすくす笑う。
太一も同じ事をいっていた。さすが先輩後輩だ。似たような思考の持ち主だと。
ヒカリは感心しながら笑っていた。
嬉しそうに笑うヒカリに大輔は一瞬あぜんとなる。
「え、がっかりしてない?」
ヒカリは大輔を見て、微笑む。
「ううん。凄く嬉しい。大輔君ありがとう。」
再びぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。
「大輔ったらなかなかやるじゃない。ヒカリちゃん喜んでいるわ。」
「そうだなー。あいつあれをほしがっていたからな。大輔のやつエスパーか?」
心配(好奇心)で覗きにきたジュンと帰りに丁度見かけた太一がこっそり見ている事に、大輔もヒカリも気がついてなかったりする。


その後少し世間話をして、ヒカリと別れ大輔は家に戻る。
取りあえず喜んでもらえた事にほっとするが、なにやら複雑な気持ちを抱え、入浴と食事を終える。
部屋に戻って、ベッドに寝転がり、取りあえず上手くいってよかったとおもいながら。
「女の子ってわかんねー。」
大輔はぽつりと呟いていた。

end




ホワイトデイネタです。
バレンタイン2のあとの話。
2の途中でネタが浮かんでいたけどまとめるのに時間がかかってしまいました。
季節ものって間に合わせてかかないと意味ないんだろうな。ううっ。
今回はギャグっぽく?

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